起ちていでよ

藤井武

若人わかうどよ、起ちて野にいでよ。野には今わか葉のかをり満ち漂ふにあらずや。新装成らんとする林の樹々動くことなくして炎のごとくしきりに躍る。小川に蛙むれ、大空に雲雀くるふ。光やはらかに風はかるし。ああこのみどりの野にそむきて、人くさきちまたいきに蒸され、もろもろの騒音に耳をかすなどは、余りにも心なきわざならずや。

友よ、地の果よりの歌をなんぢは聴かずや。永遠を、神を、なんぢは思はずや。さらば霊に感じてもろもろの天の天にまで翔りゆくがごときは、復たなんぢに望みなき夢にもあるか。

かくてなんぢのたましひはいたづらに塵につく。見よ、マルクスは塵なり。恋愛は塵なり。これみな地の事なり、みな暫時の事なり。何ぞ永遠のたましひを満たすに足らん。

友よ、なにゆゑ糧にもあらぬもののために値をはらひ、飽くことを得ざるもののために労するや。起ちていできたれ。門の外にイエスはいます。而して自由は彼にあり、愛は彼にあり、然り、生命はただ彼にこそあれ。

「旧約と新約」第一〇七号 一九二九年五月