新秋

藤井武

朝風、膚にひややかに、虫声、野に満ちて雨のふりそそぐがやうである。天の国をおもふ思ひはさらに強い。讃美の心おのづから湧き起る。愛すべきは苦熱の後の新秋である。世の避暑客の知らざる更生的経験である。

哲学を好むと称して思索することを知らず、宗教を喜ぶが如くにして信ずることを知らず、金銭を愛し、恋愛を愛し、形式的文化生活を愛し、不義と浅薄とに於ては何れの国民にも譲らざらんとする現代日本国民よ、汝ら人間としての真実の悩みをも解せず、神を求むる者の苦闘をも経験せず、神を見出したる者の歓喜をも味はずして、それでもなほ生きて居るのである乎。

若き友らよ、永遠を懐はない乎。汝らの造主をおぼえない乎。神の子のまへに跪いてその限なき愛の生と死とを讃美しない乎。

「旧約と新約」第六三号 一九二五年九月